みなさん、こんにちは。🌸
暖かさが増して来ましたね!

この時期になると4年前の春、ようやく酷かった吐き悪阻から落ち着いて、外出できるようになった時を思い出します。
この記事は、今悪阻で苦しんでいる人へ、悪阻で妊娠10〜11週目に入院してしまった筆者が、皆さんの役に立てるものがあるならばと、記事にいたしました。
同じ様に今たたかっている人の、少しでも支えになれたらとても嬉しく思います。
目次
プロフィール
👩🦰現在3歳子どものシングルマザー
妊娠6週目くらいから15週目くらいまで強烈な吐き気に襲われる
妊娠11週目に10日間入院の経験
現在はてんやわんやな毎日だが、元気にやっております。
悪阻を振り返り 備忘録(5週目〜15週目くらいまで)
妊娠5週目〜
1月のお正月明けに妊娠が発覚した私。
食欲上がった??と思うくらい、カフェでナポリタンとセット料理を食べる自分。
しかし、元気だったのも束の間、その後まもなくして嘔吐を繰り返すようになります。
初めの頃は、職場になんとか行っておりました。仕事中も吐き気で何回も嘔吐しに退室。
帰りの電車に乗る前に、
「喉に手を入れ、吐くのよ」
と、上司に教えを受けたり←何の教え!笑
通勤電車の乗車時間は約30分。
長い、辛い。気持ち悪い。
途中下車をし、ホームで少しずつパンをかじり、また電車に乗るを繰り返します。
おそらく、この時の私は吐き悪阻と食べ悪阻が混ざったような状態でした。
妊娠6週目〜
妊娠週数が進む毎に、ほんとに外に出たくないくらいな吐き気が終始始まります。
食べ物を入れると数十分後に吐いてしまう。
6週目途中からは、強烈な吐き気が終始あり、仕事にも行けなくなってしまいました。
プリンペランという吐き気止めを処方してもらい、1か月半くらい薬と共に過ごす毎日がはじまります。
また、それに合わせて3日に1度程病院に通い、1時間から2時間くらいの点滴を受けて帰るという通いも始まりした。
当時、出産する病院を2つの病院で迷い始め、2つの病院に通っていました。
・自然分娩しか行っていないが、先生が5人ほどいる病院
・自分の希望の無痛分娩を行なっているが、先生が1人の病院
出産の時を優先すると無痛分娩を行なっている病院希望でしたが、悪阻や切迫早産に対して入院可能なのは、違う病院で、悪阻が酷い自分はとても悩んでいました。
そのため、悪阻が酷かった11週目くらいまで、2つの病院でお世話になり、その後は希望の無痛分娩を行なっている病院にて出産という流れになった今回の出産。
とてもたくさんの人にお世話になりました。
妊娠7週目〜9週目
普通は、妊婦健診の時のみ産婦人科に行くのだろうなと思うのですが、この時の私は、2日に1回はどっちかの病院に通っていました。
吐き気が酷すぎて、なんとか助けを求めに行く自分、、、。
ある日は、
「薬じゃなくて、漢方を出してみるね。効くかは人によるんだけれどもね。」
と、漢方なんて、あるのか!!嬉涙
これで少し良くなるかもしれない、解放されるかもしれない🤩
と、藁にもすがる思いで飲みましたが、全く効かなかったり。苦笑
ある日は、
「3キロも減っちゃったか〜、、。
でも、今は食べられなくても赤ちゃん元気だね!」
エコー時には、「あぐらかいてるね〜!なかなか味のある子だね!」と優しい先生にも会ったり。
と2つの病院で励まされながも耐えながら、点滴を受けに行く日々。
ただ、点滴を受けた後って気持ち悪さが増すんですよね、、😅
看護師さんも言っておりましたが、そういうものらしいです。
徒歩数分の道のりでさえ、道端にうずくまり、ビニール袋で吐く準備をしたり、、、
片方の病院は、通うバスの中でもジュースをちょっとずつ飲みながら、吐き気を我慢する壮絶な日々でした。
7週目くらいから、水を飲んでも、その数分後吐くようになり、とても辛かったのを覚えています。
当時一緒に住んでいた、ペットのうさぎには、嘔吐の音や苦しみの息継ぎに、足ダン(危険を感じた時や怒った時にする仕草)される始末でした、、😂

妊娠10週目 もう無理、入院したいです
通いの点滴を頑張っていた自分ですが、いよいよ限界で、入院可能な病院の先生に伝えます。
「先生、もう水も吐いて、何も食べれず、この前は血も吐き、入院したいです。」
限界でした。
辛過ぎました。
その後、先生の承諾もあり、尿検査や血液検査をしてそのまま入院が決まりました。
持ちもの
必要なものはそれほどなく、私の場合はリュック一つでそのまま入院となりました。
・現金(小銭があると病院内の自販機も使いやすい)
・保険証
・母子手帳
・充電器
・歯磨きセット
・フェイスタオル2、3枚くらい
・下着
など。
1日の流れ
差額ベッド代やいろいろ考えましたが、テレビ・小さな冷蔵庫だけはある、4人部屋を希望した自分。
入院中、1日だけ違う妊婦さんが同じく悪阻で泊まられたきり、ずっと一人でした。
入院中はずっと点滴をしている状態で、トイレや歯磨きなどの際にも、点滴を押しながら進みます。
お風呂🛁
「お風呂は無理して入らないでいいからね!」
と言われていたので、4日に1日くらいの計2回ほどしか、入りませんでした。
鏡で、以前の自分とは比べ物にならないくらい激痩せした脚や腕、伸び切った髪、死にそうな顔を見て、
「これは、まるでおばけみたいやな、自分」
と思ったのを覚えています、、、笑泣
意外に感じたのが、病院にあったシャンプーLUX。
シャンプーの匂いでも、気持ち悪くなっていましたが、この匂いは平気で、、、
椅子の高さもちょうど良く、
そういったちょっとした事でも、負担が減るんだなとびっくりしました。
入院中の診察
たまに先生が来てくれて、様子を聞いてくれたり、自分が内診をしてもらいに行ったりしました。
「赤ちゃんが元気なんだね」とよく言われました。
ものすごく良い事なのですが、それと同時に「いや、ハハ全然元気じゃないんですが、誰か助けておください。。。。」
と思う自分の気持ち。
誰かに寄り添って欲しい、、、。
吐き気が酷いが、赤ちゃん元気なので、そこは否定出来ないし、自分の気持ちは置いてけぼりにするしかない、なんとも言えないしんどさでした。
日に日に増える子供のgと、日に日に減る私の体重。怪獣でもいるのか?」とよく思ってしまうほどでした。笑
皆んな優しかった産婦人科
気持ち悪さを緩和するため、ジュースを買おうとしたが、お札しかなく、オロオロしていたら、両替してくれた、守衛さん。👮♂️
「私の姉は悪阻中、プリンしか食べられなかったって言ってたわよ、しかも特別な高いやつ🤭
悪阻中はね、何でも良いのよ。ほんと食べられるもの何でも良いのよ。」
と、退院時見送ってくれた掃除のおばちゃん🧹
「今日のご飯は食べれましたか??吐いちゃいましたか、そしたら明日からはゼリーとかにしてみましょうか。」
と工夫をこらしてくれた栄養士さん。🧑🍳
「思ったより、元気なオーラで良かった。辛いよね、吐いちゃったらいつでも言ってね。」
といつもエピソード交えて応援してくれた看護師さん。
「私も悪阻が辛くてね、家のリビングのテーブルの下で死んだ様に横になってたのよ。そしたら、テーブルの下のシロアリを見つけちゃってね!!悪阻大変だったけども、良かったわ!大笑」
と担当とは別の先生。🧑⚕️
みーんな優しかった。
本当に今でも感謝しています。
12週目〜14週目
入院しても、家にいてもどっちにいても、もう吐くことは決まっている。
この時期は、もう1日1日が過ぎて、週数が進むのを待つ様な日々でした。
でも、先に悪阻期間を終えた友達からも、
「あともう少ししたら少しは楽になるかなと思う、なんとかがんばれ。」
と励まして貰ったりしながら、過ごしました。
15週目〜 外出!!!
気持ち悪さはあります。
でも、前と同じぐらい吐くかと言われれば、かなり吐く回数が減りました。
8回→2回くらいに。
この頃、ようやく外出できるかもと思えた自分。
ほんの少し近くの公園を歩く。
コンビニまで行って帰ってくる。
など、ようやくできる様になりました。
気持ち悪さがスッキリ無くなったかというと、決してそうではなく、気持ち悪いです。
でも、レベルが違います。
気持ち悪い不快さは続いていましたが、あの地獄の様な嘔吐する毎日からは解放されつつあり、ほんとーーーーーーーっに嬉しかったです。
ただ油断は禁物、もう少し吐き気は続きました。
17週目〜
仕事に無事復帰することができた17週目。
結局、うっすら気持ち悪い感じは、出産まで続きました。
それも辛かったけど、まだ吐き悪阻よりは何百倍も良く、なんとか生きていけました。
先輩に飴をもらったり、
仲良い同僚に気持ち悪さをなげき、変わってくれ〜〜〜ゾンビになったり、笑
周りの人たちにたくさん支えられたなと思います。
なんとか出産休暇までやり過ごしました。
お腹が大きくなるにつれて、胃が圧迫されて苦しくなる吐き悪阻とは別の辛さがありましたが、あの悪阻を乗り越えたら、多少の問題は何でも乗り越えられると思いました。
薄ら気持ち悪さを抱えて出産までいった17週目以降。
あ"〜〜〜〜気持ち悪い〜〜〜と嘆きながらも、
無事に出産後、胎盤を見せていただくことができ、
こんな凄いものを自分の身体の中で作っていたのか、、、それはあの悪阻になるよな、、
と思ったのを覚えています。
やってみて良かったこと(食事編)
・吐く際を考えて、喉に引っかからない食べ物を口にする
(自分の場合)
◯パン・桃の缶詰・アイス・クッキー・ラーメンなど
✖️コンビニの弁当・お米など
喉に引っかかって血が出てしまったり、塩分が強いものは吐きづらいので、避けるようにしました。
・食べ悪阻もある時には「おやつ めかぶ」
上記であげた、パンやクッキーをよく食べていましたが、便秘にもなりやすい悪阻中。
めかぶをたまに挟みながら、食物繊維をなんとか摂取していました。
めかぶは粘り気もあるため、吐く際の負担にもならずで、少し助かりました。
・お風呂は飴5個持参
シャワーが背中にあたるだけで、気持ち悪くなっていた当時。
悪阻中、お風呂は4〜5日に1回しか入れませんでした、、、泣
まだ飴を舐める事に集中するとマシだったので、飴を5個くらい持参し、意を決してシャワーしていました。
悪阻中は無理しなくてもいいのです。
・炭酸水
17週目以降の薄っすらある気持ち悪さに対しては、炭酸水がお供でした。
完全に気持ち悪さがなくなる訳ではありませんが、内臓たちが悪阻より、炭酸に集中してくれる感じがしました。
私は、炭酸水で少し気が紛れると気づいたのが遅かったですが、もしかしたら吐き悪阻の際も多少マシになるかもしれません、、、!!🙏(希望)
また、悪阻が落ち着き、吐かなくなってから、お風呂がより楽になるように、バッサリと髪を短くしてしまいました👩🦰
やってみてよかったこと(行動編)
・歯磨き粉なし磨き🦷
歯磨き粉でも気持ち悪くなってしまったので、歯磨き粉を付けないで、磨いていました。
食べ悪阻も混ざってずっと何かしら食べていましたが、夜だけは頑張ってしっかり磨いて良かったなと思います。
・Twitterを始めたこと📱
それまでアカウントは持っていたものの動いていなかったスレッド。
悪阻が辛すぎて、同じく今戦っている仲間がもしいたらと、プロフィールからちゃんと作成し直しました。
そして、「悪阻 入院」で検索し、同じく悪阻で入院中の方にメッセージを一言送ったことから始まったTwitter。
その後たくさんの悪阻真っ只中の方と、
「私も🐸(ゲロ)」
「今日も気持ち悪い」
など、皆で辛さを共感できて、最高に精神面で救われました。
同じ様な妊娠周期の仲間が、
同じ様に妊娠中の辛さを抱えながらも頑張っているんだなと、リアルタイムで分かること、
これにはとても救われました。
その後出産時には、フォロワー外の妊婦さんたち皆んなでおめでとうのイイね❤️をいただいたこと、後の離婚時の悩みに対してもフォロワーさんからのガンバレの意味でのイイね🤍に本当に助けてもらい、
会った事も顔を見た事もないけれど、今でもとても感謝しています。
あの時の自分へ、アドバイスをするとしたら
・肩甲骨周りのストレッチ
ずっと携帯をいじる日々だったので、肩甲骨周りがかなり凝っていました。
今考えると、胃の気持ち悪さも合い間い、とても背中が凝って辛かったので、もう少したまにストレッチしたら、楽だったかなと思います。
でも、思いつくアドバイスは、これだけ。
今振り返っても、本当によく頑張ったなと思います。
さいごに
今回は、自分の人生で1番辛かった、1番頑張って良かった悪阻中の事を記事にしました。
4年後の今、人生でこの悪阻中の頑張りを忘れたくないと、記憶を呼び起こして記事にさせていただきました。
今、真っ只中な方は悪阻が辛くて何も出来ないと思います。
悪阻が辛くて、やろうとしている事も、思い通りに進められないと思います。
でも、皆さんは生きているだけで凄いんです!!
身体の中で、命をかけて人間を作っているのだから。
身体を張って、この世界で一番大変な仕事をしていると思います。
本当にがんばっている。
悪阻がいつ終わるかは、人それぞれで、やっぱりいつとは確実に言えません。
あの辛すぎる悪阻が耐えられなくて、また当時パートナーだった元旦那とも関係が思わしく無かった時期に妊娠発覚したのもあり、何度もおろそうかなと思った事もあります。
でも、無事に出産できて、産後の入院3日目くらいで、初めて子どもの目が開いたのを見た時、私はあんな可愛い子をおろそうと思っていたのかと感じたのを覚えています。
ただ、だからと言って、悪阻が辛くておろしたい、妊娠辞めたいと言っている人を批難することも出来ません。
だって地獄の様に辛かったのを知っているから。
でも、頑張って耐えて良かったと、生まれて来てくれた子どもを見て本当に思います。
だから、なんとかなんとか1日1日、生き延びてほしいです。
あなたが頑張っている1日、お腹の子も強くなっていきます。
いつかはその子が、逆に皆さんへ元気をくれている存在になっているかもしれません。

最高に強くてかっこいい皆さまへ。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。少しでもこんな人もいるのか!と気がまぎれたら、ちょっとでも使えるものがあったならば嬉しいです。
Sao,🌱